イノシシは環境の変化に対するしたたかな適応能力を備えているようだ。
 ある日、私が彼らを観察しているフィールドの近くで雑木林の伐採作業が始まった。イノシシたちの行動圏からはおよそ150メートルくらいの距離の場所である。作業員たちが朝8時前からやって来て夕方まで、けたたましいチェーンソーの音を谷間に響かせる日々がおよそ一ヶ月弱くらい続いた。イノシシの観察を続けていた私にとっても全く予想外のことであったが、当のイノシシたちにとってはそれ以上の事件だったに違いない。
 イノシシたちも最初のうちはさすがに驚いたのか、警戒して全く姿を見せない日が何日か続いた。
 ここのイノシシたちはどこか別の場所へと移動した可能性もあり私自身、ここでの観察はもう出来ないかもしれないと、半ばあきらめに近い思いを持ち始めた頃であった。
 双眼鏡で谷向かいの山肌をスキャンするように、くまなく見ていると、なんとイノシシが以前と変わらずにいたのである。たまたま、その日は日曜日で伐採作業をやっていなかったのだ。
 その後も何日か観察を続けていると平日でも夕方になると活動を始めることがわかってきた。午後5時過ぎになるとその日の伐採作業が終わり作業員たちがいなくなる。イノシシたちはそれを待っていたのだ。
  さらに詳しく観察を続けていると作業員たちが仕事を終えて山を降りる時の車の音を、まるで自分たちの活動開始の合図のようにしているようにさえ感じられるほどであった。伐採作業が始まってからは、一日の活動時間をそれまでより遅めにシフトすることによって既得のテリトリーから撤退することなく適応してしまったのである。


20070728___ 20081007

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